世界遺産・清東陵日帰りバス旅へ行ってきました!

2021-03-04
2019年11月16日(土)
世界遺産・清東陵 日帰りバス旅  へ行ってきました!
朝晩の気温が下がって、急に冷え込むようになった土曜日でしたが、
おかげ様で今回は26名様という大勢の会員の皆様のご参加をいただきました。
朝早い出発なので、集合場所に向かう時間は、まだ真っ暗。
清東陵は北京市を出て、河北省唐山市にあるので、長い道のりです。
バスで1時間くらい走ったところで、1回トイレ休憩をした後、いよいよ清東陵へ。
清東陵は、東西南北を山に囲まれ、風水では理想的な広大な大自然の中に、
大小15の陵墓が点在する世界遺産です。
191116h (1)
1663年に造営が開始され、当時としては世界最高の建築技術をもって造営された
「清東陵」には、清朝の5名の皇帝と14名の皇后、136名の妃嬪が眠っています。
入口までの中央の長い石畳みの道は、皇帝が亡くなった後に、棺を曳いて行く道です。
黒い石の部分は、当時のままで残されています。
陵全体は、広大すぎる敷地ですが、
今回は、   乾隆帝の「乾隆帝陵(地下宮殿を含む)」、
絶大な権力で独裁を布いた西太后の「慈陵(西太后陵)」、
ウイグルきっての絶世の美女で、乾隆帝が略奪婚した香妃の「裕妃園寝(香妃)陵」、
以上の3つの陵墓を見学しました。
まずは、裕陵へ。
マジメで堅実、ともすればカタブツな雍正帝から皇位を引き継いだ
乾隆帝の陵・裕陵を見学しました。
191116h (2)この裕陵で、もっとも有名なのが、地下宮殿。
191116h (3)
ひんやりとする地下へ足を進めると、豪華な宮殿のような陵へと続いています。
191116h (4)地下宮殿の中では、
まず、重々しい一枚石の重厚な両側の扉が、お出迎え
191116h (5)191116h (6)1枚の扉の重さは、約4トン
ラマ教の世界観が描かれています。
滑らかな曲線を描く彫刻が皇帝の死後の世界を守っているようです。そして一番奥には、乾隆帝の石棺が。
191116h (7)周囲の壁には、精巧なレリーフが刻まれています。
裕陵の後は、乾隆帝が最も愛したと言われる香妃のお墓へ。
香妃は、身分は高くないので、他の妃たちと一緒に「裕妃園寝陵」に埋葬されています。
191116h (8)ガラスで反射してしまい見にくいですが、
なるほど、ウイグル美人ですね。
最後は、西太后の「慈陵(西太后陵)」へ。
191116h (9)皇帝の象徴である龍よりも、鳳凰(西太后)の方が上になっています。
西太后は皇帝よりも「上」だという事を象徴的に表現している彫刻です。
そして、西太后の絶大な権力が良く分かる 華麗で優美な装飾
191116h (10)
天井は金箔が貼られていたそうですが、4枚を残して全部、盗まれたそうです。
とても残念な事に、中華民国時代に、軍閥の孫殿英が、墓に眠る財宝の略奪と陵の破壊を
行い、貴重なものは、ほとんど残っていません。盗まれていなければ、文化的価値の高い宝物がたくさんあったに違いなく。。。掘り起こした宝物や装飾品の一部は、北京市内の故宮に飾られていたり、蒋介石が台湾へ持って行ってしまったりしたそうです。台湾の有名な「白菜の置物」は、ここから発掘されたとの事。・・・この全体的に豪華な陵墓、
西太后だからこそ出来た、極めつけの建築遺産ですよね。
「清」という時代は、ラストエンペラー溥儀を含め、映画や小説で読む機会が多く、
ドラマチックな印象を持ってしまいがちですが。
清東陵という皇室陵墓群を見学していると、その時代、時代を必死で生きざるを得なかった皇帝達の気持ちが聞こえてくるような気がしました。
なかなか行かない世界遺産ですが、多くの会員の皆様にご参加いただき、
とても勉強になる1日でした。皆様、大変お疲れ様でした。ありがとうございました。