図書館から蔵書のご紹介です。
1.「上海の西、デリーの東」
著:素樹文生
出版社:新潮社
上海からデリーまでのバックパッカー記です。沢木耕太郎「深夜特急」のような覚悟や悲壮感こそありませんが、それでいてアジアがなお遠い異郷であった90年代半ばの雰囲気に満ちています。著者の語り口は軽く、少し自意識の強さも見え隠れしますが、何しろ当時の彼は20代。現地で苦労しながら書き溜めたのかと思うと、それも強がりみたいで微笑ましい限り。中国は基本的にシビアな国という記述の中にあって、雲南のダーモンロンという国境の村に滞在するくだりは非常に美しく、自分も20年前に行ってみたことを思い出します。読み返すたびにアジアの変化のスピードを感じる、今となってはノスタルジックな本です。
2.「李香蘭 私の半生」
著:山口淑子 藤原作弥
出版社:新潮社
かつて日本の傀儡「満州国」で、中国人女優「李香蘭」として日本の国策映画に出演し、終戦・帰国後に国会議員となった著者による半生記。幼少期の思い出、ロシア人少女との友情、中国人女優達との付き合い、歴史上の人物達(彼女もですが…)との交流など、息つく間もなく語られる彼女のストーリーも極めてドラマチックですが、それらを通じて当時の社会情勢、日本と中国との関係といった過去の大局が手に取るように自然に浮かび上がり、タイムスリップしたような錯覚すら覚えます。20年余りしか存在しなかった場所で、日本人でも中国人でもない人生を展開した彼女が感じた高揚感や違和感。そうした稀有な半生の追体験も良いものです。
3.「乾隆帝 その政治の図像学」
著:中野美代子
出版社:文春新書
清朝全盛期の皇帝で歴代最高の名君とも言われる乾隆帝のおはなし。清は異民族王朝ですが、北京に遷都した後は明朝の故宮をそのまま使い、皇帝も漢語を学ぶこととし、乾隆帝に至っては詩や書が大好きになるなど憧れの漢化を果たした一方、年に数度は草原で狩りをするなど満州族の伝統も大事にした複雑な王朝です(もし新王朝が漢族だったら故宮は燃やされ、もっと大きな宮殿が作られたのではないかと思います)。それだけに乾隆帝の頃は西欧文物にもオープンで、本書ではカスティリオーネの絵画や庭園、承徳や熱河の離宮等を材料に、乾隆帝の意図をパズルのように解き明かします。図版も豊富で読みやすく、話のネタも満載ですので、おすすめです。
紹介者 東善明 北京在住3年目
趣味は、旅行