《メンタルヘルスに関する質問/相談の募集と専門家による回答》

2022-06-27

6月9日開催の日本大使館主催メンタルヘルスセミナーの開催後の現地フォローとして、メンタルヘルスに関する質問/相談を皆さんから送って頂き、それに対してお二人の専門家から纏めてメルマガで回答を頂く企画ですが、以下の如く《回答》を頂きました。(回答が理解しやすくなるよう頂いた質問/相談を整理して纏めて頂いています。)

尚、森下Drによれば、長きにわたる負荷で誘発されるうつ反応や不安感などの反応は誰にでも生じる可能性があります。そういった場合、専門家の助けを借りるのは風邪引きや腹痛で受診するのと同じだと考えて頂ければいい、とのことです。

《メンタルヘルスに関する質問/相談の募集と専門家による回答》

回答者

森下京子/ラッフルズメディカル北京クリニック 医務総監・医師

居里維/ラッフルズメディカル北京クリニック 臨床心理士/日本臨床心理士(公認心理士)

 

Q1.抗うつ薬は飲み始めたらどれくらい続けなければいけないのでしょうか?

A1(森下).

薬が効き始めるまで二週間くらいかかり、はっきりと効能を感じるまでには一ヶ月以上かかる場合もあります。どれくらい長いあいだ服用が必要かは負荷の大小、個々の情況で違いますが、一年以上飲み続けるということは珍しくありません。だんだん回復しても、突然断薬することはおすすめではありません。医師と相談しながら減らしていくべきでしょう。

 

Q2.抗うつ薬の副作用を心配しています。

A2(森下).

あらゆる他の薬と同様、副作用がありますが、あまり重篤なものは少なく、長期に渡って服用しても問題ないことがほとんどですが、処方される時によく説明をうけてください。

 

Q3.精神安定剤が十分効いていなくて、辛いです。服用の間隔を短くしてもいいでしょうか?

 A3(森下).

安定剤のデパスなど以前はよく処方されていましたが近年習慣性などが問題となり、短期にのみ処方されるよう勧められてきています。処方された場合は、服用量を勝手に増やしてはいけません。医師か臨床心理士を受診してください。

 

Q4.うつ傾向があると言われましたが薬は飲みたくありません。どうすればいいでしょうか?

 A4(森下).

週に3回から5回の有酸素運動や筋トレが有効といわれています。早歩きやJoggingならば(220-年齢)×0.5~0.8の脈拍を目処に運動してください。運動はストレスによる心療症状の予防に有効です。

 

Q5.周りの人とのつながりが希薄な環境の中で、仕事や私生活を上手くやっていくにはどうしたらいいのでしょうか?

A5(居).

結論から言いますと、周りの人とのつながりが希薄な環境の中で、殆どの人は仕事や私生活を上手くやっていくことは出来ません。例えばとても仕事の能力があって、故郷(母国)に暖かい家族がいて、なんとかやっていけていると見えたとしても、その人の中にはかなりの抑うつや不安が溜まっているケースが多いです。

異国/自国に関係なく、穏やかで気持ちのいい異性関係、親密で愉快な友達、会社で優しく接してくれる先輩やちゃんと自分のことを考えてくれている上司(時々厳しい先輩/上司もいますが、厳しいからといって優しくないとは限りません。確かに乱暴に自分のストレスをこっちにぶつける人もいる/時もあるでしょう。一方、接する態度が厳しくても、その人の優しい気持ちを心から感じられる場合もあります)を持つことが大切です。そういう人が身近にいれば仕事や私生活を上手くやってゆくことが出来ます。そして、本当に人間的な能力のある人は、新しい環境に入っても、しっかり周りの人との新しい繋がりを作ることが出来ます。

私はよく、どうしてもこっち(異国)でやっていけないなら、故郷(自国)に戻ればいいかもしれませんね、と言います。なぜかというと、この人には故郷(自国)に多くの人との良好な繋がりがあることを知っているからです。だから、この人は戻ればおそらく直ぐに上手くいかなかった仕事や私生活が上手くいくようになります。どんな抗うつ薬よりも効きますよ。

睡眠で考えてみてください。睡眠をとらないと、人は体が動けなくなったり、思考が止まったり、感情が激しくなったりします。睡眠をとることで、感情が消化されて、思考も回復し、体もエネルギーに満ちてワクワク生き生きします。周りの人との良好な繋がりも同じです。定期的に接する必要があります。これがないと人は壊れてしまいます。

 

Q6.子供の発達障害の本当の問題はなんでしょうか?

A6(居).

みなさんは異国に来てどれほど経っておられますか?私は昨年まで東京の臨床の現場でずっと働いていました。

今の日本は(地方の小さな町や田舎などではまだそれほど影響を受けていませんが)アメリカの影響を受けて、何でもかんでも「発達障害だ」の風潮が流行っています。子供が学校に入学し何か問題があれば、すぐに教育関係者は「発達障害かもしれません、近所のクリニックで検査を受けてみたほうがいいです」と親に勧めます。そして「この子は発達障害です」となれば、周りはこの子にだけでなく、この子の親にも寛大に接します。教育関係者も「この子にこれ以上を求めてはいけない」とどこかすっきりします。なんだかみんなハッピーな展開ですね。

発達障害とは、掻い摘んで言うと、

(1)ADHD、子供が落ち着かず、衝動的に言動を取り、周りや自分自身にトラブルを招き、不安になりやすくて辛いし、集中して勉強するのも遊びをするのも難しい。

(2) 自閉症、自閉症に関していろんな専門用語があります、枚挙に暇がありません、興味のある方はネットなり文庫なり調べてみてもいいでしょう、専門家の中でも定義の捉え方はそれぞれ違います。自閉症の人は、外部の情報の捉え方は「だいたいの人」とは違います。特に情緒刺激を回避したり、感情のある情報を周りと同じように理解できなかったり、コミュニケーションの問題があったり、集団活動に上手く参加出来なかったり、潔癖症であったり、一人で何時間も同じ遊びを続けてしまったり、不安や怒りの制御が出来なくなったり、感情表現がなかったり、そしてそれが原因でよく周りの人との衝突や対立が起こります。

(3) 学習障害、ほかの時は特に問題はないが、特定も勉強の分野だけはどうしても出来ないなど。実際の臨床場面それほど多くありません。(1)や(2)の子が殆どです。

ところが、この発達障害の子供さんに対する考え方の根底には「生まれた時から周りとデキが違うんです。この子が出来なくても、この子のせいではありません。このままでいいです。ありのままを受け入れたほうがいいです」ってのがありますよね。つまり、治らないから、自分自身の特徴との付き合い方を習得し、社会に適応出来るようにしましょうと。

これ自体は問題ないのですが、ただ、現状としては、何でもかんでも発達障害にしようとする傾向がどんどん強くなって来ています。一部の本来は親が正せば治るはずの問題も、「治らないから、ありのままを受け入れましょう」といったケースが増えて来ています。

つまり何が言いたいかというと、発達障害か発達障害じゃないかそれ自体は重要ではありません。発達障害だから、「はい、薬です。飲んで。あとは親子で慣れていきましょう。」ではないということです。親子で一緒に、実際の家庭の中でなにがあったのか、子供になにがあったのか、どうしたらこの子や家庭に一番いいのかを、しっかりと考えていくことこそが大切なのです。 意外なところに問題解決のドアが開いていることが少なくありません。

 

Q7.なぜ子供は急にどこかが痛くなったり、集中出来なくなったりするのですか?

 A7(居).

子供は急にどこか痛くなったり、言葉や手が思うように使えなくなったり、今までになく周りを困惑させる行動が頻発したり、あるいは明らかに何か情緒的な苦痛を表したりすることがあります。または何年も解決しないまま抱え続けたりします。病院に掛かれば、医者から身体的にはなんの問題もありませんと言われます。実はこういうことは一般的なことなのです。どんな家庭でも起きていることなのです。むしろこういうことがない子供は少ないくらいです。

ダンボールいっぱいに物を詰め込み続けることを想像してみてください。限界になっているのにそれでも詰め込み続ければ、一番脆い部分が先に裂けるのでしょう。家庭でも同じです。そして子供はその一番脆い部分です。大人は問題があっても向き合わずに抱え込み続けられますが、子供にはその能力はありません。子供の問題は子供だけの問題ではなく、家庭全体の問題なのです。

夫婦の間に長年解決するのを諦めた課題があったり、妻と姑に緊張した関係があったり、夫にアルコール、仕事のストレス、素行の問題があったり、妻が常に度がすぎた不安をずっと抱えている場合、こういうのは全て子供にストレスとして圧し掛かります。子供には両親と家庭を守ろうとする本能があります。そのことを子供自身は知りません。そして全ての問題は自分によるものだと、幼い感情で考えてしまいます。親には自分たちの問題は子供には知られていないとの自信があっても、子供は気付いてしまいます。親の口調から、親同士のやり取りから、親の表情から、子供は頭で理解出来なくても、体で瞬時にそういった情報を感じ取ってしまいます。

子供の問題の相談に来られた時、「家庭は特に問題はないのですが」「夫婦仲もいいし、親族とも上手く付き合っています」「どうしてこの子はこうなったのか分からないです」と話されます。子供の問題だけを治してもらいたいわけです。

もう一度言いますが、子供の問題は家庭全体の問題です。父親と母親が協力し合い、一緒に心から家庭の問題と向き合おうとしない限り、子供の問題は例え一時的に改善出来たとしても、すぐ逆戻りしてしまいます。ただ、子供が抱えている問題は深刻かと言えば、それほど深刻ではないことも多いでしょう。この問題は将来彼/彼女の性格にも影響を与え、社会に入ればまた同じところで壁をぶつかるかもしれません。その時は、もう親から離れて、自分自身の課題として対処する人も多いです。私たちは誰も多少何らかのトラウマを抱えたまま成長し、大人になって、なぜ私は他の人のようにちゃんと出来ないのだろうと苦しんで、初めて当時の家庭の状況を思い出し、根本的問題への理解に至るかもしれません。

少し大げさに言いますと、家族が一丸となって子供の問題に向き合えば、半分ぐらいの子供は自然と問題となっている症状が消えます。もし、ちゃんと家庭の問題に向き合おうとするのが親のどちらかだけである場合は、まずは夫婦の問題をどう解決したらいいのか、信頼出来る親友なりカウンセラーなりに助けを求めたほうがいいかもしれません。もし、親のどちらか一方がかなり偏った考えや感情を抱えている場合は、その方自身がまずカウンセリングを受けたほうがいいかもしれません。

 

Q8.なぜ妻はいつも不満ばかりで、なぜ夫はなにもしないのか?

 A8(居).

家庭の事情はさまざま。問題のない家庭はありません。どんな家庭もそれぞれ独自な事情を抱えています。

とはいえば、どうしてもあるパターンをよく見ることがあります。それが「離れる夫と不安な妻」のパターンです。卵が先なのかそれとも鶏が先なのかわかりません、家庭によって違います。ただ、その結果として、夫は何をやろうとしても妻を喜ばせることが出来ず、毎日自分はいい夫ではない、いい父ではない、自分は人を幸せに出来ないと考え続けて、仕事に生き甲斐を求めたり、または他の女性のところで自尊心を取り戻そうとしたり、とにかく家庭から離れます。一方に妻はどうして全部自分でやらなきゃいけないのか、どうして夫は自分のことだけを考えて、人の気持ちを理解出来ないのか、どうして自分はこんなに不運なのか、どうしてこんな人と結婚したのか、どうして自分の親は助けてくれないのか、どうして自分はこんな馬鹿なのか、どうしてどうしてどうして、と苦しみ続けています。

このパターンはよく見かけますが、その内訳は家庭によって全然違います。夫婦ともある程度人格が成熟していて、ちゃんとした大人であったとしても、こういう状況になり得ます。時々、カウンセラーの指導のもとでコミュニケーションのとり方を作り直し、どうするかではなく「どうしてほしいのか」を語り、どうしてではなく「私は悲しいのです」と語れば、元々強い絆のある夫婦はすぐ関係が修復されることもあります。また、二人だけではどうしても向き合えられない心の傷をもつ夫婦がいます。片方はこれ以上は争いたくない、相手を傷つかせたくないから逃げる、片方は向き合おうとするけどすぐ感情をコントロールが出来なくなる。こういうのもカウンセラーの助けのもとで、問題解決の場、向き合っても言い争いにならない場、気持ちを述べてもどちらかが崩壊しない安全の場を作って、解決出来ることもあります。

もっと大変なケースもあります。もうこれ以上はどうしても上手くやっていかないが、経済面の理由、人間関係の理由、または罪悪感などから、未だに一緒に生活する夫婦もおられます。そういう時は、両方とも納得のいく新しい人生を歩み出す方法を一緒に考えたりすることもできます。

さらには、片方はどうしても復讐したい、相手を傷つかせたいなど強い恨みを抱えているケースもあります。これは夫婦のカウンセリングではなく、個人のカウンセリングから始めたほうがいいのでしょう。

本来はカウンセラーにではなく、信頼出来る友人に相談するのがいいのですが、ここまでこじれた関係が何年も続いてしまったケースでは、既に周りに相談が可能な友人がいるケースは非常に稀です。

 

Q9.薬剤、アルコール、爆買いはストレス発散になりますか?

 A9(居).

異国での生活で、自分の生活を普通に維持するのに、薬剤やアルコール、または買い物などによって、自分なりに自分をメンテナンスする人も少なくありません。

仕事の場で怒りを抑えたり、上司にひどく言われて惨めな気持ちを顔に出さずにあたかも普通なように振舞ったり、家庭の問題を深刻にしないために不満を我慢したり、日常において我慢することが多いはずです。そして、「大人の対応」を取れたと自分を褒め、更には、このやり方を自分の子供にも教えて、社会に順応出来るように身に付かせるかもしれません。

その代わりに、自分なりに気持ちを吐き出す方法を見つけます。それが薬剤、アルコール、買い物、等々となるのです。

それらに効果があれば、私はなにも言いません。効果があるかどうかで言えば、当然効果があります。ただ、悲しいことにその効果はどうしても長続きしません。また、同じレベルのことをやっても効果がなくなってゆき、更に強い刺激が必要となってゆきます。私はこういう物に頼る方法は良くないと思っています。

上述しましたが、人は周りの人から優しくしてもらったり、周りの人に優しくしたりして、始めて生き生きとした自分になることが出来ます。そして、どうしても他者に助けを求めるのを躊躇したり、拒絶されるのを怖がったりする方々がおられます。

「カウンセリングにでも行ってみて下さい」とか、「友達にちょっと相談してみて下さい」とか、「しっかりと夫婦で話し合ってみませんか」とか、本当は言いたいのですが、本人が出来ないことをいくら勧めても仕方がありません。

ただ一つ言えるのは、こういうものを日常的に頼ってる方々は、「自分の調子はよくない」ということをしっかり理解されておかれるべきだということです。

企画:

生活環境委員会

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